第64回日本臨床細胞学会総会(春期大会) 
ランチョンセミナー(2023年6月開催)

座長: 滝口 裕一 先生
千葉大学医学部附属病院
がんゲノムセンター/腫瘍内科 教授
演者: 吉田 裕 先生
国立がん研究センター中央病院 病理診断科

登壇者のご所属は、記事作成時点での情報を記載しています。


卵巣がんの治療において、腫瘍細胞のDNAの損傷を評価する相同組換え修復欠損(Homologous Recombination Deficiency: HRD)検査に基づき治療薬選択を行うコンパニオン診断が広く行われるようになり、「HRD検査の有用性を最大化するためには、検査の限界と課題を理解することが重要」と言われています。

本講演では、病理専門医・病理専門医研修指導医や細胞診専門医・教育研修指導医等の資格を持ち、病理診断の臨床と研究でご活躍されている国立がん研究センター中央病院の吉田裕先生をお招きし、「卵巣がんのHRD検査 現状と課題2023」をテーマに、ご講演いただきました。


HRDには複数の遺伝子変異が関与

細胞では、一本鎖DNAの切断やDNA複製時のミスマッチなど、様々なタイプのDNA損傷が発生しており、これらは別々の機構により修復されています。相同組換え修復(Homologues Recombination: HR)は、DNA二本鎖切断修復機構のひとつで、この機構に異常がある状態をHRDといいます。HRD状態になると、DNA修復時のエラーが蓄積しやすく、細胞死の誘導や腫瘍化につながります。HRDが原因で腫瘍化した細胞ではDNA一本鎖切断修復機構に依存しており、この機構ではPARP(Poly ADP-ribose polymerase)が中心的な役割を担っています。この腫瘍細胞に対してPARP阻害薬を投与すると、DNA修復機構が働かず、合成致死と呼ばれる細胞死が誘導されます。

HRDは様々ながんで認められ、全がん種のうち卵巣がんの原発では52%と最も高頻度に認められます1)。卵巣がんのHRDにおいてBRCA遺伝子の関与は50%程度であり、他にも複数の遺伝子が関与していることがわかっています1,2)。したがって、BRCA1/2遺伝子変異の評価は重要であるものの、それだけではHRDの同定には不十分ということになります。

腫瘍ゲノムの不安定性の状態とBRCA1/2の遺伝子変異を評価できるMyChoice®診断システム

MyChoice®診断システムは腫瘍ゲノム不安定性の状態とBRCA1/2の遺伝子変異について、次世代シークエンサーを用いて評価することで、腫瘍がHRD状態にあるかを判定します。ゲノムに残ったエラーの痕跡(genomic scar)を評価することで、BRCA遺伝子変異以外が原因のHRDの症例も同定することができます。この腫瘍ゲノムの不安定性を代表する指標が、LOH、TAI、LST(図1)であり、これらの指標を基にGenomic Instability score(GIスコア)を算出します。

図1: ゲノムの不安定性に関する指標

最終判定結果はGIスコアとBRCA1/2遺伝子の解析結果をもとに確定されます(図2)。GIスコアが42以上、かつ/またはBRCA遺伝子の「病的変異/病的変異の疑い」がある場合に、HRD陽性(Positive)と判定され、PARP阻害薬の適応と判断されます。

図2: MyChoice®診断システムの最終判定結果
標本作製時の注意点 ~検体の固定および選定、腫瘍細胞の含有量~

MyChoice®診断システムでは、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色標本を評価後、必要に応じてマイクロダイセクションを実施します。そして、DNAを抽出後、ライブラリを構築しSNPプローブを結合させて、次世代シークエンサーを用いて解析を行います。

評価に用いる標本作製の際、採取組織を速やかに10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定することが重要で、固定時間は6~72時間程度が推奨されています。この時、腫瘍細胞が20%以上(推奨は30%以上)含まれていることを確認します。固定開始までの時間が長いと、DNAの分解が進んで腫瘍細胞のDNAが劣化するなどDNAの品質が影響を受けるといわれています。摘出臓器を30分以上室温で放置しないことが望ましいですが、すぐに固定できない場合は冷蔵庫(4℃)等に保管し、保管開始後約3時間以内に固定することが推奨されています。固定開始までの速やかな対応は、手術を担当される婦人科医の協力なしには達成できないため、ぜひご協力をお願いしたいと思います。

複数の検体が存在する場合は、検体選択にも注意が必要です。基本的には腫瘍細胞のDNAの質と量が検査の成否を決めるため、適切に固定され、十分量の腫瘍組織がある検体を優先します(図3)。

図3: 複数検体がある場合の提出検体の選び方

ミリアド・ジェネティクス社の「Pathology Specimen Guide」では、MyChoice®診断システムで使用が推奨されるHE染色標本の写真が示されています。細胞形態が保たれており、炎症細胞浸潤や壊死部が少なく、十分な腫瘍細胞割合が保たれている部分を選択することが、正確な検査結果を得るためには重要ですので、ぜひ参考にしてください(図4)。

また、2023年に、ミリアド・ジェネティクス社が示す「検体提出に関する注意事項」に変更がありました。子宮内膜検体について、以前は卵巣原発かどうかの判定ができないため、一律に不可とされていましたが、卵巣・卵管・腹膜がんの転移とみなされる場合は提出可能となりました。また、同種骨髄移植歴がある患者の検体は提出不可となりましたのでご留意ください。

図4: ミリアド・ジェネティクス社の「Pathology Specimen Guide」で推奨される検体
HRD検査における問題点 ~Inconclusiveとその原因~

HRD検査における問題のひとつに、GIスコアとBRCA遺伝子変異の一方が陰性で一方が検査不能になる「Inconclusive(不確定)」があります。不確定や不成功の結果の原因として最も多いのが、腫瘍細胞数が少ないこと(非腫瘍DNAの含有量が多いこと)およびDNAの品質不良です。特に、ゲノム不安定性の状態の検査は、BRCA遺伝子検査と比べて、腫瘍DNA含有量が重要ですので、検体作製時は注意が必要です。

HRD検査における問題のひとつに、GIスコアとBRCA遺伝子変異の一方が陰性で一方が検査不能になる「Inconclusive(不確定)」があります。不確定や不成功の結果の原因として最も多いのが、腫瘍細胞数が少ないこと(非腫瘍DNAの含有量が多いこと)およびDNAの品質不良です。特に、ゲノム不安定性の状態の検査は、BRCA遺伝子検査と比べて、腫瘍DNA含有量が重要ですので、検体作製時は注意が必要です。

ミリアド・ジェネティクス社のHRD検査解析データによると、化学療法後の残存腫瘍が少ない検体や低異型度漿液性がんではInconclusive rateが高いことが示されています。当院ではこれまでに8例Inconclusive症例を経験しました。このうち5例で再検査を行い3例で再解析が成功しました。リンパ節転移の検体で、腫瘍細胞割合が低い場合や術前化学療法実施症例で組織量が少ない場合にInconclusiveとなる可能性が高いように感じています(図5)。

HRD検査実施時には、Inconclusiveになる可能性があることを、あらかじめ患者さんに説明しておくことも大切だと思います。

図5: 当院でのInconclusive症例
HRD検査の限界と今後の展望

現在、HRD検査にはいくつかの限界があることが知られています。たとえば、先述の通り、実臨床では全ての検体において適切な品質・量の確保が困難であることが挙げられます。その他にも、原理的な限界として、時間的な腫瘍の不均一性があります。MyChoice® 診断システムのようにゲノムに残ったgenomic scarを評価する場合、BRCA1/2遺伝子の復帰変異によりHR機能が正常化した腫瘍クローンや脱メチル化などによる二次的な変異を同定できません。そこで、genomic scarに代わる指標、つまり組織採取時点でのHR機能を推測する検査方法としてRAD51 foci assayを紹介します。RAD51は、相同組み換え修復時に、BRCA1/2遺伝子の下流ではたらく蛋白で、重合体を形成してDNAに結合する性質を有します。これを免疫蛍光染色で検出することで、核内にRAD51の重合体が見いだせれば、BRCAの下流の相同組み換え修復が機能している証拠と解釈します。つまり、HRPの腫瘍ではRAD51が核内にみられ、HRDの腫瘍ではRAD51の重合体が確認できない、というロジックです。BRCAの下流で、かつDNA修復過程自体を観察していることから、仮にgenomic scarを評価する検査でHRDとなり、その後にBRCAのreversion mutationが生じた場合は、RAD51 foci assayではHRPと判断できることになります。本検査はFFPE検体でも評価が可能です。ヘルシンキ大学の研究では、術前化学療法未治療および治療を受けた卵巣高異型度漿液性がん症例を対象にFFPE検体を用いて免疫蛍光染色を行い、RAD51 foci assayを行ったところ、いずれの症例もHRD症例で化学療法が奏効し、PFSやOSも良好であったことが報告されています3)。RAD51 foci assayが腫瘍組織の時空間的な不均一性の影響をまったく受けないわけではありませんが、HRD検査の限界を理解し、このような検査を実施する意義に関しても今後検討が進んでいくと期待しています。

さらに、遺伝子検査においては臨床的意義が不明な変異であるVUS(Variant of Uncertain Significance)の存在も課題といえます。BRCAに関しては国際的なコンソーシアムやデータベースが既にありますが、他の遺伝子に関しても今後データが蓄積してVUSの解釈が進むことが期待されます。

婦人科医・病理医・臨床検査技師へのメッセージ

MyChoice® 診断システムは患者さんの治療機会を決定する重要な検査の一つです。わが国におけるInconclusive rateが約6%と海外の10%超よりも低いことから、適切に検査を遂行できるよう各医療従事者が協力し合っているものと推察されます。HRD検査には種々の限界があり、それらを認識した上で活用するということが重要かと考えます。婦人科医・病理医・臨床検査技師の全員が協働することで、検査に必要な腫瘍細胞のDNAの質・量の確保と患者さんの利益につながりますので、ぜひ明日からの診療に活かしていただければ幸いです。

座長からのメッセージ

HRD検査に用いる検体における品質と量の重要性、検体作製時の注意点や実務における問題点等、事例を盛り込みながら具体的にご解説いただきました。
検査にかかわる医師や臨床検査技師の皆さまにとって、非常に参考になるご講演だったと思います。本セミナーの内容を患者さんの治療にお役立ていただけますと幸いです。

【出典】
1) Nguyen L et al., Nature Communications 2020 Nov; 11: 5584.
2) Panagiotis A. Konstantinopoulos, et al. Cancer Discovery 2015 Nov; 5(11): 1137–54.
3) Pikkusaari S, et al. Clin Cancer Res. 2023.

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