第21回 日本臨床腫瘍学会学術集会 
メディカルセミナー (2024年2月開催)

座長: 大野 真司 先生
社会医療法人 博愛会 相良病院 院長
演者: 垂野 香苗 先生
昭和大学医学部 外科学講座 乳腺外科学部門 准教授

登壇者のご所属は、記事作成時点での情報を記載しています。


遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療は、PARP阻害薬の登場や乳癌既発症者に対するBRCA1/2遺伝学的検査・リスク低減乳房切除術(RRM)の保険適用など、近年大きな変革期を迎えました。治療の選択肢が増えたことによるメリットがある一方で、HBOC患者への長期的なフォローの在り方や、未発症の血縁者への対応など、新たな課題も生じています。

本講演では、本邦における遺伝子診療のトップランナーの一人である垂野先生に、BRCA1/2遺伝学的検査を踏まえた新たな乳癌診療のスタンダードについて、ご施設でのHBOC診療に関する取り組みや造影乳房MRI・MRIガイド下生検によるサーベイランスの実症例などを交えお話しいただきました。


BRCA1/2遺伝学的検査の重要性と医療者の役割

HBOC診療は、乳癌診断後に適切な患者にBRACAnalysis®診断システムによる遺伝学的検査を実施することから始まると考えます(図1)。HBOCの診断は、術式選択やPARP阻害薬の適応、リスク低減手術の実施やサーベイランスにおいて重要です。そのため、『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版』1)に掲載されているBRCA1/2遺伝学的検査を推奨すべき乳癌患者をまずは臨床で拾い上げ、検査受診のはたらきかけを積極的に行うことが、医療者にとって重要な役割であり責任であると考えています。

図1: HBOC診療のプロセス

2020年4月~2021年11月までに当施設で実施した乳癌手術995例のうち、BRCA1/2遺伝学的検査基準に該当した症例の割合は44.5%で、そのうち検査を実施したのは43.3%でした(図22)

図2: 当施設におけるBRCA1/2遺伝学的検査実施率

対象は異なりますが、BRCA1/2陽性率は11.5%で、その内訳はBRCA1が29%、BRCA2が71%でした(n=244)(図32)

図3: 当施設におけるBRCA1/2 陽性率とBRCA1/2 陽性比率

クライテリア別にみた陽性率も調査しています。2020年4月~2021年3月に当施設でBRCA1/2遺伝学的検査を実施した患者149例を対象に、BRCA1/2遺伝学的検査のクライテリア1)のうち、①45歳以下で診断された乳癌、②60歳以下でトリプルネガティブと診断された乳癌、③2個以上の原発性乳癌、 ④第3度近親者以内に乳癌または卵巣癌発症者がいる、⑤男性乳癌の5つのクライテリア別に陽性率を調べました。結果は、①~④の該当者はそれぞれ15.4~19.3%の陽性率を示し、⑤は0%でした3)。また、①~⑤の該当クライテリア数毎の陽性率は、該当数1個では9.9%、2個では6.3%、3個では70%でした3)

BRCA1/2遺伝学的検査実施の重要性については海外でも報告されています。遺伝子変異の予測スコアにより調整した片側乳癌女性を対象モデルとし、意思決定分析によるBRCA1/2遺伝学的検査実施の費用対効果を検討したオーストラリアの研究によると、検査の実施は費用対効果の向上や、乳癌・卵巣癌のリスク低減および生存率の向上に関連する可能性を示唆しています4)

HBOCの診療方法や保険適用基準が異なるため、本結果をそのまま本邦の診療に当てはめることはできませんが、以上のことから、該当クライテリア数が1個であっても、リスク低減や生存率向上、費用対効果の観点も踏まえ、該当患者には積極的にBRCA1/2遺伝学的検査を推奨すべきと考えています。

当施設のHBOC診療

以前当施設では、BRCA1/2遺伝学的検査を考慮する患者には検査前に遺伝カウンセリングを実施しており、検査後のフォローも含め診療に時間を要していました。しかし先述の通り、当施設の乳癌手術実施患者の44.5%がBRCA1/2遺伝子検査の適用となる状況であり、患者一人ひとりに時間をかけて診療するのが困難となったため、保険適用後は図4のようなフローへ変更しています。初診時にBRCA1/2遺伝学的検査の必要性を判断し、検査を考慮する患者には外来で担当した医師がその場で検査や治療に関する説明を行っています。検査の同意が得られ、陽性であった場合に遺伝カウンセリングを実施し、その後の方針を具体的に決めていくことで、診療の効率化を図っています。

図4: 当施設におけるHBOC診療フロー

しかし、外来時にBRCA1/2遺伝学的検査やHBOC診断後の流れ、リスクなどを全て説明するのは困難な場合もあります。そこで当施設は、患者の疾患や治療理解のサポートツールとして、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)が作成した『遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版』3)や、当施設が作成したHBOCの解説動画を活用し、説明の効率化を図っています。なお、この解説動画は、当施設のホームページから視聴できるため、ぜひ各施設でご活用ください(昭和大学病院ブレストセンターホームページ:https://showa-breast.com/medical_info/medical_info-603/)。

また、乳房再建についてイメージがもてず、治療や検査の選択を悩む患者に対しては、当施設が開催している「乳房再建セミナー&おしゃべり体感会」への参加を促し、乳房再建後の患者の協力のもと、再建術の体験談や実際に再建後の胸を見せてもらうなどして、意思決定のサポートも行っています。

HBOCに対するサーベイランスとしての造影乳房MRIMRIガイド下生検

NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインでは、25歳以上のBRCA病的バリアント陽性例に対する年1回の造影乳房MRI検査実施が推奨されています5)。『乳癌診療ガイドライン2022年度版』でも、BRCA病的バリアント保持者に対する造影乳房MRIを用いたサーベイランスの実施が推奨されており、MRIを含むサーベイランスの検出感度は66.7~100%で、マンモグラフィのみの15~61.5%、超音波検査のみの22.7~81%と比較して高いと記載されています6)。このように造影乳房MRI検査は、マンモグラフィや超音波では発見できないMRI検出病変(MRI-detected lesion)を検出できることから乳癌の早期発見に有用と考えています。

当施設では、造影乳房MRIの検査枠を週19件分確保し、うち2件はサーベイランス用に使用しています。造影乳房MRI検査でMRI-detected lesionが検出された場合は、組織診断のためにMRIガイド下生検を実施しています。MRIガイド下生検は、MRIガイド下でマンモトーム生検を行う検査法で、検査所要時間は30分~1時間程度です。2018年より保険適用でのMRIガイド下生検を開始以降、2023年1月現在までに計170件実施しています。

MRIガイド下生検を実施した症例を2例提示します。

症例1はBRCA1陽性で乳癌未発症、サーベイランス目的に造影乳房MRI検査を年1回実施している症例です。検査開始後7年目に5mmのトリプルネガティブタイプの浸潤性乳癌が検出されました(図5)。良性疾患との鑑別は難しいですが、前回画像にはなかった部位に病変が出現したことがポイントとなり、MRIガイド下生検を実施しました。本症例に対しては手術施行し、生検後の変化のみで残存病変は認めませんでした。トリプルネガティブタイプで浸潤性乳癌ではありますが、腫瘍径が非常に小さく、術後化学療法は実施せず、以降良好に経過しています。

図5: BRCA1陽性未発症症例の造影乳房MRI画像

症例2は、Ⅲ期卵巣癌で手術施行したBRCA1陽性症例で、卵巣癌に対する術前・術後化学療法やPARP阻害薬による治療後、乳房のサーベイランスを実施していた方です。2022年にわずかな影が現れ、2023年にそれが増大したため、MRIガイド下生検を行いました(図6)。生検の病理結果では、トリプルネガティブタイプの非浸潤性乳管癌であり、手術を施行しました。術後の病理結果では、生検後の変化のみで残存病変は認めませんでした。このように、トリプルネガティブタイプですが、非浸潤癌であり、早期発見ができました。そのため本症例は、乳癌に対する化学療法は行わず、現在も経過は良好です。卵巣癌の治療成績が改善するなか、卵巣癌発症後の方の乳房のサーベイランスも今後の課題の一つです。

図6: BRCA1陽性卵巣癌術後および薬物療法実施後症例の造影乳房MRI画像

造影乳房MRIでは読影が重要になるため、当施設では乳腺外科と放射線科で連携しながら慎重に読影を行っています。

このように、造影乳房MRIおよびMRIガイド下生検の有用性を実感する症例を経験していますが、保険適用でのMRIガイド下生検が実施可能な施設は全国で13施設(2023年2月時点)のみであり、地域差も目立ちます7)。また、大がかりな検査となりますが、診療報酬点数は8,210点(2023年2月時点)8)とあまり高くない印象です。

また、造影乳房MRIによるサーベイランスについては、HBOC患者に対してだけでなく、血縁者への実施についても考えなければなりません。『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版』では乳癌未発症のBRCA1/2病的バリアント保持者に対する造影乳房MRIの実施は推奨されているものの1)、保険適用ではなく、さらに自費診療で実施している施設も多くありません9)。しかしながら、HBOCのリスクがあり診療を希望する方には、HBOC診療を行う医療者として適切にサーベイランスを行う責任があると考えます。

しかし、HBOC患者への造影乳房MRIによるサーベイランス件数は増える一方であるため、今後、検査枠の確保だけでなく、MRI-detected lesionが発見されたあとの対応も難しくなる可能性があると懸念しています。さらに、未発症血縁者へのサーベイランスも含めることを考慮すると、HBOCのサーベイランスについては全国的な診療体制および診療報酬の整備が必要であると感じています。

HBOC診療の今後の展望

乳癌診療においては遺伝子診療が通常診療となったことで、HBOC患者の拾い上げに寄与している一方、HBOC診断後の患者へのサポート体制にはまだ課題があると考えています。HBOCと診断された場合、患者は診断による衝撃や葛藤を抱えながら、術式や治療方針などについて短い期間で意思決定をしなければなりません。それだけでなく、乳房再建や日常生活への影響などの乳癌に関する不安に加え、血縁者のBRCA1/2遺伝学的検査やリスク低減手術の実施の有無などHBOCについての悩みも抱えることになり、それらと生涯向き合っていくことになります。医療者は、そんな多岐にわたる不安を抱える患者一人ひとりと向き合い、長期的にサポートを行う必要があります。

そのためHBOC診療では、診療科や職種を超えた連携がとりわけ重要になり、その連携の中心となる主治医の役割は大きいと感じています。当施設では、乳腺外科や形成外科、婦人科との合同カンファレンスを開催し、積極的に情報共有・交換を行うことでHBOC診療体制を整えていますが、施設によっては施設内で診療を完結させるのは難しい場合もあると思います。自施設ではこれができないからと諦めるのではなく、HBOC患者の生涯にわたる不安を全て見据え、必要であればネットワークを活用した地域連携も行っていくべきだと考えます。JOHBOCのホームページでは、認定施設一覧を公開しており、施設毎に対応する診療内容を確認することができます(JOHBOCホームページ:https://johboc.jp/)。自施設では実施できない診療がある場合でも、地域で補い合い、支え合うことで、HBOC患者に最適な治療やサポートが提供できるようになり、それがひいては全国的なHBOC診療の均てん化につながると考えます

座長からのメッセージ

本邦における遺伝子診療のトップランナーの一人である垂野先生から、診断から未発症者へのサーベイランス、そして保険診療の話まで幅広くお話しいただきました。講演中に紹介された昭和大学病院作成の解説動画の活用は、患者の理解や診療の効率化につながるとてもよい方法であり、ぜひ参考にしたいと思いました。提起いただいた課題に対しては、今後HBOC診療をよりよいかたちに変えていければと思います。垂野先生、ありがとうございました。

【出典】

1) 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(編). 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版、金原出版、東京、2021
2) 成井理加ら.BRCA1/2 遺伝学的検査保険適用拡大後の検査施行症例の検討と今後の課題.第30回日本乳癌学会総会
3) 成井理加ら.日本臨床外科学会雑誌 2022;83:1381
4) Tuffaha HW, et al. Genet Med. 2018 Sep;20(9):985-994
5) NCCN Guidelines ver.1 2023. Breast Cancer.
6) 日本乳癌学会(編):乳癌診療ガイドライン1 治療編 2022年版 第5版、金原出版、東京、2022 
7) 一般社団法人 乳腺画像・研究診断支援グループ BIG READS Groupホームページ. (https://big-reads.com/facilities.html)(2024年3月26日閲覧)
8) 厚生労働省ホームページ. 別表第一 医科診療報酬点数表. (https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000907834.pdf) (2024年3月26日閲覧)
9) 一般社団法人 乳腺画像・研究診断支援グループ BIG READS Groupホームページ.(https://big-reads.com/356-2.html) (2024年3月26日閲覧)

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