第21回日本臨床腫瘍学会学術集会 
イブニングセミナー (2024年2月開催)

座長: 上野 誠 先生
神奈川県立がんセンター 消化器内科 部長
演者: 池澤 賢治 先生
大阪国際がんセンター 肝胆膵内科 副部長
膵がんセンター 副センター長・内科部門長

登壇者のご所属は、記事作成時点での情報を記載しています。


2022年に『膵癌診療ガイドライン』1)が3年ぶりに改訂され、「遺伝子検査に基づく診療・治療に関するCQとアルゴリズムの新設」が行われるなど、膵癌における遺伝子検査への注目が高まっています。

本講演では膵癌診療数が全国1位*,2)である大阪国際がんセンターにおいて豊富な診療経験を持たれる池澤賢治先生に、遠隔転移を有する切除不能膵癌の化学療法におけるBRCA1/2遺伝子検査の重要性について、ご施設でのデータや実施しているレジメンの紹介を交えてご解説いただきました。

*厚生労働省 診断群分類(膵臓、脾臓の腫瘍; 令和3年度)ベース


遠隔転移を有する切除不能膵癌の一次化学療法:レジメンの優先順位

『膵癌診療ガイドライン2022年版』(以下、膵癌診療GL2022)では、遠隔転移を有する膵癌に対する一次化学療法として、FOLFIRINOX療法とゲムシタビン塩酸塩+ナブパクリタキセル併用療法(GnP療法)が推奨されています†,1)(CQ No. MC1)。

FOLFIRINOX療法は、フルオロウラシル(5-FU)・イリノテカン・オキサリプラチン・レボホリナートを併用したプラチナ製剤を含む化学療法(プラチナレジメン)です。本療法の従来のレジメンは、日本人ではグレード3以上の好中球減少症や発熱性好中球減少症の発現頻度が高いため3)、イリノテカンを減量し5-FUの急速静注をなくした修正FOLFIRINOX(mFOLFIRINOX)を用いてより安全に行われるようになりました4)(図1)

図1: 修正FOLFIRINOX療法

GnP療法は、4週間のコース(ゲムシタビンとナブパクリタキセルを週1回×3週連続で投与。4週目は休薬)を繰り返すレジメンです5)図2)。代表的な副作用は血球減少、脱毛、間質性肺炎、末梢神経障害です。

図2: ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法

さて、一次化学療法においてFOLFIRINOX療法とGnP療法の優先順位はどうなるか、ということになります。JCOG1611試験は、GnP療法に対するmFOLFIRINOX療法とS-IROX療法の優越性を検証することを目的とした国内第II/III相非盲検ランダム化比較試験です6)。遠隔転移を有するまたは再発膵癌に対して3療法を比較しましたが、中間解析結果を受けて中止となりました。全生存期間(中央値)は、GnP療法(176名)の17.0ヵ月に対し、mFOLFIRINOX療法(175名)は14.0ヵ月(ハザード比[HR]1.29、95%信頼区間[CI]0.98–1.70)、S-IROX療法(176名)は13.6ヵ月(HR 1.29、95%CI 0.98–1.70)であり、いずれもGnP療法を上回りませんでした。

この結果を踏まえ、私見にはなりますがGnP療法が一次化学療法として優先されると考えています。ただし、生殖細胞系列BRCA(gBRCA)に病的バリアントがあるなどプラチナレジメンが効きやすい遺伝的根拠がある症例では、mFOLFIRINOX療法を考慮すべき場合もあります。

ただし、全身状態や年齢などからこれらの治療が適さない患者に対しては、ゲムシタビン塩酸塩単独治療とS-1単剤治療が提案されています1)
S-1+イリノテカン+オキサリプラチン併用療法

gBRCA病的バリアントを有する膵癌の治療戦略

gBRCA1/2の病的バリアントを有する膵癌の頻度は、海外では4~7%7)、国内では3.4%8)とさまざまな報告がなされています。gBRCA1/2病的バリアントを有する膵癌への化学療法について膵癌診療GL2022では、プラチナレジメンによる化学療法を提案しています1)(CQ No. LC4 (MC4))。また、プラチナレジメンで一定期間病勢進行が抑えられた遠隔転移を有する膵癌/局所進行切除不能膵癌患者に対し、PARP阻害剤であるオラパリブによる維持療法を治療選択肢のひとつとして提案しています1)

オラパリブは、日本では2020年に「BRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能な膵癌における白金系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法後の維持療法」として適応拡大されました1)。また、オラパリブのコンパニオン診断プログラムとして、gBRCA1/2の病的バリアントを検出する「BRACAnalysis診断システム」も膵癌診療に適用拡大され、採血からの検査が可能となりました。

オラパリブの有効性・安全性

gBRCA1/2病的バリアントを有する膵癌に対するオラパリブのデータをご紹介します。海外第III相二重盲検ランダム化プラセボ対照試験(POLO試験)では、gBRCA1/2病的バリアントを有する転移性膵癌で、プラチナレジメンの一次化学療法で16週以上増悪がなかった患者に、維持療法のオラパリブ(92名)またはプラセボ(62名)を投与しました7)。無増悪生存期間(中央値)は、オラパリブ(7.4ヵ月)がプラセボ(3.8ヵ月)を有意に上回りました(HR 0.53、95%CI 0.35–0.82、p=0.004)。注意すべき有害事象として、貧血が有害事象共通用語規準(CTCAE)全グレードで27%(25/91名)、グレード3以上で11%(10/91名)に生じました。

実臨床でも貧血の進行を時々経験しますが、オラパリブの医薬品情報に従って減薬や休薬をすれば投与継続は可能であろうと考えています。また、オラパリブは末梢神経障害が少ない点が大きなメリットと考えます。

コンパニオン診断を検討すべき患者について

膵癌患者にgBRCA遺伝子検査を検討する際に、BRCA関連癌の家族歴や既往歴はひとつの判断材料になると考えます。gBRCA病的バリアントを有する膵管腺癌患者の遺伝学的・臨床的特徴を解析した海外の研究9)では、悪性腫瘍の既往歴を持つ患者のうち72.2%(26/36名)が、BRCA関連の既往でした。また、悪性腫瘍の家族歴がある患者のうち79.6%(94/118名)が、BRCA関連の家族歴でした。

遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)はgBRCA1/2病的バリアントに起因するがんの易罹患性症候群で、膵癌のリスクも高まります10)。HBOC関連の家族歴がある患者は、陽性の頻度が高い可能性があるため積極的に検査したほうがよいと思いますし、我々の施設での検討でも比較的高頻度にgBRCA病的バリアント陽性が認められています。一方で、家族歴がない患者であっても、われわれのデータでは4%程度に陽性がみられたので検査は検討すべきと考えています。

HBOC検査を検討すべき患者について

BRACAnalysis診断システムによるgBRCA遺伝子検査は、HBOCの検査としても用いられ、HBOCの疑いがある乳癌および卵巣癌・卵管癌の既発症患者に対して保険適用となります。『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版』では、BRCA遺伝子検査が推奨される膵癌患者について、「血縁者にBRCA1またはBRCA2の病的バリアント保持者が確認されている」「血縁者の中で2名以上にHBOC関連(乳癌・卵巣癌・前立腺癌・膵癌・悪性黒色腫等)の発癌が確認されている」「遠隔転移を有する、または術後再発」のいずれかを満たす症例との記載があります10)

ここでHBOC疑い症例の自験例を紹介します。切除可能膵癌の50歳代女性で、45歳以下で発症した乳癌の術後で、家族歴として近親者に乳癌既往が2名、卵巣癌既往が1名いました。切除可能膵癌のためコンパニオン診断としての保険適用は難しいですが、乳癌においては、45歳以下の発症はHBOC検査の適用基準に当てはまると腫瘍内科の先生にご教示いただき、BRACAnalysis診断システムによる検査を実施したところ陽性が判明しました。このように切除不能な膵癌でなくとも、乳癌や卵巣癌の既往に着目して検査の実施を考える必要があるかと考えています。

膵腺房細胞癌とBRCA病的バリアント

少し話は変わりますが、膵腺房細胞癌(全膵癌の0.2~4.3%)は、BRCA1/2を含む相同組換え関連遺伝子の病的バリアント頻度が高いことが報告されています11)。日本の後ろ向き観察研究(膵腺房細胞癌44名、膵管腺癌2568名)では、BRCA1/BRCA2の病的バリアント頻度は、膵腺房細胞癌が2.3%/13.6%、膵管腺癌が0.9%/2.9%でした12)。また、膵腺房細胞癌の治療成功期間(中央値)は、FOLFIRINOX療法(42.3週)がGnP療法(21.0週)に比べ有意に長かったと報告されています(p=0.004)。

膵腺房細胞癌は膵管腺癌とは違うアプローチが必要ということが徐々に明らかになってきていますので、着目いただければと思います。

二次化学療法:ゲムシタビン関連レジメン後の優先順位

膵癌診療GL2022では切除不能膵癌に対する二次化学療法として、GnP療法などのゲムシタビン関連レジメンの後には「フルオロウラシル+(レボ)ホリナートカルシウム+イリノテカン塩酸塩水和物 リポソーム製剤併用療法」(nal-IRI+5-FU/(l-)LV療法13)(図3)と「フルオロウラシル関連レジメン(FOLFIRINOX療法、S-1単独療法を含む)」を提案しています1)(CQ No. LC2(MC2))。

図3: nal-IRI+5-FU/l-LV療法

当院でのnal-IRI+5-FU/l-LV療法の工夫を紹介します。従来法ではナノリポソーム型イリノテカン後にレボホリナートを投与しますが、時間を要するため並列投与を始めました§(図4)。当院で2020年6月~2021年10月にnal-IRI+5-FU/l-LV療法を行った切除不能膵癌69名について、従来法(49名)と並列投与法(20名)を比較したところ、有害事象の頻度、奏効率、病勢コントロール率に有意差はなく、並列投与に伴う点滴ルート内のトラブルもありませんでした14)。平均投与時間(±標準偏差)は、並列投与法(151±24.7分)が従来法(245±18.6分)より100分弱短縮されました(p<0.001)。時間短縮は患者・医療者双方のメリットとなりえるので、並列投与も検討いただければと思います。

図4: nal-IRI+5-FU/l-LV療法における並列投与

さて、二次化学療法におけるnal-IRI+5-FU/LV療法とFOLFIRINOX療法の優先順位についてです。韓国がん研究グループが、転移性膵癌(378名)における両療法の予後を後ろ向き研究で比較しています15)。全生存期間(中央値)は、70歳未満ではFOLFIRINOX療法(9.8ヵ月)がnal-IRI+5-FU/LV療法(6.6ヵ月)を有意に上回りました(調整HR 0.60、95% CI 0.40–0.88、p=0.01)。一方、70歳以上ではnal-IRI+5-FU/LV療法(10.4ヵ月)がFOLFIRINOX療法(9.5ヵ月)を有意に上回りました(調整HR 3.20、95% CI 1.28–8.02、 p=0.013)。

日本では高齢者膵癌の割合が高いこと、nal-IRI+5-FU/LV療法は第III相試験16)の結果が得られていることを踏まえ、私見になりますが二次化学療法は基本的にnal-IRI+5-FU/LV療法が優先される状況ではないかと思います。QOLの観点でも、末梢神経障害が出やすいゲムシタビン関連レジメンとFOLFIRINOX療法を続けて行うことには懸念があります。一方、gBRCA病的バリアントなど遺伝的根拠がある症例は、mFOLFIRINOX療法などを考慮すべき場合もあると思います。したがって、一次化学療法終了までにgBRCA遺伝子検査やがん遺伝子パネル(CGP)検査をしっかり実施しておくことが重要と考えます。

§ナノリポソーム型イリノテカン(オニバイド)の製造販売元では、レボホリナートとの並列投与時の有効性および安全性は確認できていません。投与方法については、オニバイド点滴静注43 mgの添付文書、適正使用ガイドをご参照ください。

膵癌におけるCGP検査:重要性と課題

CGP検査の重要性を表す海外データを紹介します。膵癌患者1082名を対象とした後ろ向き研究で、治療標的となりうる分子の変化(actionable molecular alteration)が26%の患者にあることが示されました17)。CGP検査に基づく治療を受けた群の全生存期間(中央値)は2.58年で、基づかない治療を受けた群(1.51年)に比べ良好でした(HR 0.42、95%CI 0.26–0.68、p=0.0004)。

当院でのCGP検査のデータも提示します。2019年11月~2021年8月に難治性膵癌患者115名に対し、組織診検体を用いてCGP検査を行いました18)。対象期間に検査導入初期が含まれるため、提出タイミングは一次化学療法終了以降が74%を占めました。検査提出後の生存期間(中央値)は182日、90日以内の死亡率は13.9%でした。このように膵癌は予後不良であることが多いため、CGP検査は提出のタイミングが課題となります。現在では、組織診検体がある症例は一次化学療法中の提出を心がけています。

その他の課題は、コスト、結果を伝えるまでの期間(約2ヵ月)、患者説明に要する時間です。当院では患者説明への取り組みとして、ゲノム看護外来を活用しています(図5)。検査の事前説明では、担当医の説明後に、ゲノム看護外来にて専門の知識を持った看護師からも説明しています。結果説明の際にも看護師が同席し、二次的所見などがある場合は遺伝カウンセラーに繋いでいます。

図5: 大阪国際がんセンター ゲノム看護外来の取り組み
膵がん教室:患者さんへの情報提供

当院では、患者さんやその家族に膵癌治療や療養中の生活の工夫を伝えることを目的として「膵がん教室」を月1回開催しており、私が3代目の代表を務めています。以前は院内で現地開催としていましたが、患者さんの来院の手間を考慮し、現在はweb配信で、抗がん剤・手術療法・放射線療法・特別企画(遺伝子関連検査など)といったテーマで開催しています**図6)。見逃し配信やYouTube配信などにも取り組み、より多くの方々に見てもらえるよう工夫をしているところです。

図6: 大阪国際がんセンター膵がん教室のプログラム

まとめになりますが、gBRCAなどの遺伝子検査をもとに適切な治療を選択し提示できるチャンスが増えつつあります。さらに、膵癌に随伴する症状にも適切に対応してゆくことで、予後の向上やQOLの改善が期待できるのではないかと思っています。

**膵がん教室の配信には、ミリアド・ジェネティクス合同会社が協力しています。

質疑応答

QCGP検査でもBRCA病的バリアント陽性を判定できる場合がありますが、BRACAnalysis診断システムの良さについて説明ください。

A検査結果が出るまでにCGP検査は2ヵ月程度かかりますが、BRACAnalysis診断システムは約2~3週間程度という違いがあります。また、採血から検査可能なので、患者さんの同意が得られればどのタイミングでも検査に出すことができるという点も大きいと考えています。

Q:化学療法中の検査実施について、リキッドバイオプシーを用いるCGP検査とBRACAnalysis診断システム、それぞれにおいて考慮すべき点はありますか?

A:リキッドバイオプシーは化学療法の影響を受ける可能性があるといわれている一方で、BRACAnalysis診断システムは化学療法のタイミングや内容の影響を受けないといわれています。どのタイミングでも検査できることがBRACAnalysis診断システムの利点であると考えています。

座長からのメッセージ

本日は池澤先生に、BRACAnalysis診断システムの重要性から患者さんやその家族への関わり方まで含め幅広くレビューしていただきました。今後もBRCAを標的とした治療はさらに議論が深まっていくと思われますので、引き続き皆様と議論を続けてゆければと思います。池澤先生、ありがとうございました。

【出典】
1) 日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会(編):膵癌診療ガイドライン2022年版、金原出版、東京、2022
2) 厚生労働省:令和3年度DPC導入の影響評価に係る調査「退院患者調査」の結果報告について 参考資料2(8)疾患別手術別集計_MDC06 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000196043_00006.html(最終閲覧日:2024年4月2日)
3) Okusaka T, et al. Cancer Sci. 2014;105(10):1321-1326.
4) Ozaka M, et al. Cancer Chemother Pharmacol. 2018;81(6):1017-1023.
5) Von Hoff DD, et al. N Engl J Med. 2013;369(18):1691-1703.
6) Ohba A, et al. ESMO Congress 2023, 1616O (abstract: Ann Oncol. 2023;34(S2):S894)
7) Golan T, et al. N Engl J Med. 2019;381(4):317-327.
8) Mizukami K, et al. EBioMedicine. 2020;60:103033.
9) Stossel C, et al. Cancer Discov. 2023;13(8):1826-1843.
10) 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(編):遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版、金原出版、東京、2021
11) Ikezawa K, et al. Jpn J Clin Oncol. 2024;54(3):271-281.
12) Sakakida T, et al. J Gastroenterol. 2023;58(6):575-585.
13) Ueno M, et al. Cancer Med. 2020;9(24):9396-9408.
14) Takada R, et al. BMC Cancer. 2023;23(1):711.
15) Park HS, et al. ESMO Open. 2021;6(2):100049.
16) Wang-Gillam A, et al. Lancet. 2016;387(10018):545-557.
17) Pishvaian MJ, et al. Lancet Oncol. 2020;21(4):508-518.
18) Yamai T, et al. Cancers (Basel). 2023;15(3):970.

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