第31回日本乳癌学会学術総会 
イブニングセミナー(2023年6月開催) 

座長: 上野 貴之 先生
がん研究会 有明病院 乳腺外科部長
がんゲノム医療開発部長
演者: 永橋 昌幸 先生
兵庫医科大学病院 乳腺・内分泌外科 准教授 

登壇者のご所属は、記事作成時点での情報を記載しています。


BRCA1/2遺伝子検査は、2018年に「癌化学療法歴のあるBRCA1/2遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌」に対するPARP阻害薬のコンパニオン診断目的で保険適用となり、2020年には予防的乳房切除術・卵巣卵管切除術の保険適用とともに、遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診断目的でも保険適用となりました。PARP阻害薬の適応拡大に伴い、コンパニオン診断としてのBRCA1/2遺伝子検査の保険適用範囲が拡大するとともに、周術期乳癌治療はさらに複雑化していると言われています。

本講演では、日本医師会医学研究奨励賞や日本消化器外科学会賞などの多くの受賞歴を持ち、腫瘍外科の研究と臨床の両方でご活躍されている永橋先生に、周術期乳癌治療について図を豊富に用いてご解説いただきました。


BRCA1/2遺伝子検査を行う目的

乳がん治療において、BRCA1/2遺伝子検査を行う目的は大きく3つに分けられます。

1つめは、主に乳癌の診断時に行う「HBOCの診断目的」です。「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版」1)に、BRCA1/2遺伝子検査を推奨すべき患者が記載されており参考になります(図1)。HBOCではトリプルネガティブ乳癌(TNBC)が多いと思われがちですが、一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の全国登録事業の集計2)では、BRCA1陽性の場合はTNBCが多いものの、BRCA2陽性の場合はルミナールタイプがおよそ3分の2を占める結果でした。そのため乳癌のサブタイプにかかわらず、図1に該当する場合は検査を考慮すべきと考えます。

2つめは、オラパリブの「コンパニオン診断目的」です。家族歴や発症年齢を問わず検査対象となりますが、HER2陽性タイプはオラパリブの適応にならないため注意が必要です。

3つめは、遺伝子パネル検査の2次的所見としてBRCA1/2の変異が見つかった場合に、確定診断目的で遺伝カウンセリングと合わせて実施します。

図1: BRCA1/2遺伝子検査を推奨すべき患者
オラパリブの作用機序

HBOCの患者は、生まれつきBRCA遺伝子の片方に変異を持っていますが、もう片方のBRCA遺伝子が正常に働いていればBRCAの機能は保たれます。何らかの理由でもう片方の遺伝子にも異常が起きると、BRCAの機能を喪失して癌化につながります。最近、HBOCの乳癌の多くは、対側遺伝子の欠失(LOH)が起きていることがわかってきました(図2)。

BRCAの機能を喪失しても、PARPによる一本鎖修復機構によりDNA修復機構が維持されるため、細胞は生存することが可能です。そこに、PARP阻害薬であるオラパリブを投与すると2つの修復機構が阻害されることになり、結果として細胞死が誘導されます3)。これはsynthetic lethality(合成致死)の理論とよばれ、BRCAの機能を喪失している癌細胞特異的な反応です。

図2: BRCA1/2 遺伝子変異とBRCAの機能
オラパリブとアベマシクリブの使い分け

オラパリブは、生殖細胞系列BRCA1/2変異陽性かつHER2陰性の再発高リスク早期乳癌患者に対する術後療法としての有効性を検証したOlympiA4試験において、無浸潤疾患生存期間(IDFS)と全生存期間(OS)を有意に延長しました。一方、CDK4/6阻害薬のアベマシクリブは、HR陽性HER2陰性の再発高リスク早期乳癌患者を対象に術後内分泌療法への追加の有効性を検討したmonarchE試験5)で、IDFSを有意に延長しました。

両試験はいずれも再発高リスク患者を対象としており、再発高リスクの基準に違いはあるものの重複する部分が多いため、薬剤の使い分けが課題になります。そこでメカニズムの点からオラパリブとアベマシクリブの使い分けについて考えてみたいと思います。

近年、生殖細胞系列BRCA1/2遺伝子変異があるとCDK4/6阻害薬の効果が低下する可能性があると報告されています6,7)。また別の研究では、CDK4/6阻害薬の治療標的であるRBタンパクをコードするRB1BRCA2と同じ13番染色体上にあり、同時に欠失することで癌化に関わっている可能性があると報告されました8)。片方のRB1が欠失した状態でCDK4/6阻害薬の投与を開始して、治療中に対側遺伝子に異常が起きた場合、治療標的であるRBタンパクの機能が喪失するためにCDK4/6阻害薬に対して耐性を生じてしまう可能性があります。

BRCA1についても、同じ17番染色体上にTP53 が位置しており同様の欠失が起こることが報告されています8)TP53の遺伝子産物p53はアポトーシスを誘導する癌抑制タンパク質であり、TP53の遺伝子変異は薬剤耐性や癌の悪性度の高さに寄与することから、CDK4/6阻害薬も例外ではないと想定されます。

「乳癌診療ガイドライン 2022年版」9)において、CDK4/6阻害薬はHR陽性HER2陰性転移・再発乳癌に対する第一選択薬とされていますが、先述の報告から、経過をより細やかにみていくといった工夫が勧められます。また、OlympiA試験でオラパリブは、IDFSだけでなく、OSまで有意差が出ている4)点を考慮すると、BRCA1/2の変異を持つ患者に対しては、私はオラパリブの使用を優先しています。具体的な治療選択とBRCA1/2遺伝子検査のタイミングについて、パターン分けをしながら見ていきたいと思います。

HR陽性HER2陰性乳がんの周術期治療戦略
1. 術前化学療法を実施する場合(図3)

まず、術前所見でBRCA1/2遺伝子検査を推奨すべき患者に当てはまる場合は、HBOCの診断目的でBRCA1/2遺伝子検査(BRACAnalysis®診断システム)を行います。オラパリブやアベマシクリブ使用の判断要素となるリンパ節転移数の判別が、化学療法の実施により困難となる場合があります。そのため兵庫医科大学病院(以下、当院)では、術前所見でリンパ節転移数が4個以上または腫瘍サイズ5㎝以上(T≧5cm)のように、術後にオラパリブ・アベマシクリブの適応になると考えられる場合に術前化学療法を実施しています。

術後の病理診断では、病理学的完全奏効が得られず遺残あり(Non-pCR)かつCPS+EGスコアが3点以上の場合はオラパリブが適応になります。この基準は臨床試験を参考にしたものであり、保険適用上の明確な基準はないため、オラパリブの適応となる再発高リスクの基準については判断が分かれるところかもしれません。

当院では、術前所見で再発高リスクと判断した患者が術前化学療法の対象となるため、Non-pCRとなった場合はただちにオラパリブの使用を目的としたコンパニオン診断として、BRCA1/2遺伝子検査の実施を検討します。陽性の場合はホルモン療法とオラパリブを選択し、陰性の場合は術前所見も考慮してアベマシクリブの適応を判定します。アベマシクリブの基準を満たさなかった場合はホルモン療法になりますが、リンパ節転移がある、あるいはNon-pCR症例ではテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムの併用も考慮します。

図3: HR陽性HER2陰性乳がんにおける術前化学療法症例の周術期治療戦略
2. 手術先行の場合(図4)

術前化学療法を実施せず手術を行う症例も同様に、BRCA1/2遺伝子検査を推奨すべき患者に当てはまる場合は、HBOCの診断目的でBRCA1/2遺伝子検査を行います。検査結果は術式選択するうえでも重要な情報になるため、手術まで限られた時間ですが、時間を割いて患者に検査する意義を説明しています。

術後の病理診断でリンパ節転移が4個以上の場合はオラパリブの適応となるため、コンパニオン診断としてBRCA1/2遺伝子検査を実施します。陽性の場合は、術後化学療法を行った後にホルモン療法とオラパリブの投与を行います。陰性の場合は、すでにアベマシクリブの適応基準を満たしているので、術後化学療法を行ったうえでホルモン療法とアベマシクリブの投与を行います。

リンパ節転移が1~3個の場合には、T≧5cmあるいはhistologic grade(HG)が3であれば、アベマシクリブの適応基準を満たすため、術後化学療法の後にホルモン療法とアベマシクリブの投与を行います。

このアベマシクリブの適応基準を満たさない、すなわちリンパ節転移が1~3個かつT<5cmでHG1-2の場合、あるいはT≧1c、リンパ節転移がなし(N0)の場合は、再発リスクが高いと考えられる患者であれば術後化学療法を実施しますが、オンコタイプDX乳がん再発スコアプログラムのRSスコアを見て判断する場合もあります。術後化学療法の有無にかかわらず、再発リスクが中程度以上の患者には、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムの上乗せも検討します。

T≦1b、N0の場合は基本的にホルモン療法のみとなりますが、脈管侵襲が確認された場合などはテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムの投与を検討することもあります。

図4: HR陽性HER2陰性乳がんにおける手術先行症例の周術期治療戦略
TNBCの周術期治療戦略(図5)

TNBCも、BRCA1/2遺伝子検査を推奨すべき患者に当てはまる場合は、HBOCの診断目的でBRCA1/2遺伝子検査を行います。TNBCの場合は60歳以下で基準に当てはまるため、多くの方が該当すると考えられます。

1. 術前化学療法を実施する場合

高リスクの早期TNBCを対象としたKEYNOTE-522試験11)では、ペムブロリズマブを術前化学療法に併用することで、手術時の病理学的完全奏効(pCR)率が6割を超えました。そのため、ペムブロリズマブの使用基準を満たすT1cでリンパ節転移あり(N+)あるいはT2以上の場合は、まずペムブロリズマブを併用した術前化学療法を考慮します。

術後、Non-pCRの場合はオラパリブの適応となるため、コンパニオン診断を実施します。陽性だった場合、ペムブロリズマブの継続とオラパリブへの切り替えの2つの選択肢がありますが、当院はオラパリブの使用を優先しています。陰性あるいは術後にpCRが得られた場合はペムブロリズマブを継続します。

T1c、N0の場合は、ペムブロリズマブの適応にはなりませんが、当院では術前化学療法を考慮します。術後は同様に、Non-pCRの場合はオラパリブの適応となるため、コンパニオン診断を実施します。

2. 手術先行の場合

術前所見でT1a-b、N0の場合、術前化学療法を実施せず手術を行います。術後の病理診断で、StageⅡ(リンパ節転移がないT2-5cmあるいは腋窩リンパ節転移ありT≦2cm)以上の場合はオラパリブの適応となるため、コンパニオン診断を実施します。陽性の場合は術後化学療法を行った後にオラパリブを投与します。StageⅡ以上で陰性の場合や、術後病理診断でT≧1b、N0の場合も術後化学療法を考慮します。T1aの場合は経過観察となります。

図5: TNBCの周術期治療戦略
座長からのメッセージ

周術期乳がんの治療は非常に複雑になっており、日々の診療でも各薬剤の基準に迷う場面が多いのではないでしょうか。今回、永橋先生にはHR陽性HER2陰性乳がんとトリプルネガティブ乳がんについて、分かりやすくかつ端的にまとめていただきました。実践的な内容ですので、明日からの診療にすぐに役立つものと思います。
永橋先生、ありがとうございました。

【出典】
1)     日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(編):遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版、金原出版、東京、2021
2)     石田ら  2023年JOHBOC全国登録事業報告
3)     Konecny GE, Kristeleit RS. Br J Cancer. 2016 Nov 8;115(10):1157-1173.
4)     Tutt ANJ, et al. N Engl J Med. 2021 Jun 24;384(25):2394-2405.
5)     Johnston SRD, et al. J Clin Oncol. 2020 Dec 1;38(34):3987-3998.
6)     S Lee, et al. Breast. 2022 Apr 62:52-60.
7)     JY Kim, et al. Front Oncol. 2021 Oct 21;11:759150.
8)     Inagaki-Kawata Y, et al. Commun Biol. 2020 Oct 16;3(1):578.
9)     日本乳癌学会(編):乳癌診療ガイドライン1 治療編 2022年版 第5版、金原出版、東京、2022
10)  Schmid P, et al. N Engl J Med. 2020 Feb 27;382(9):810-821.

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