第61回日本癌治療学会学術集会 
ランチョンセミナー (2023年10月開催)

座長: 上野 貴之 先生
がん研究会 有明病院 乳腺センター長 /
乳腺外科部長 / がんゲノム医療開発部長
演者: 有賀 智之 先生
がん・感染症センター都立駒込病院
外科(乳腺)・遺伝子診療科 部長

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今では保険適用となっているBRCA1/2遺伝学的検査やリスク低減乳房切除術(RRM)も、かつては保険適用外の自費診療で受診する高額な検査・手術でした。必要な方に適切に遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療を提供するためには、各施設内でのHBOC診療体制の構築だけでなく、地域における施設同士の連携などの診療体制の整備にも取り組む必要があります。

本講演では、がん・感染症センター 都立駒込病院 外科・遺伝子診療科 部長 有賀智之先生に、「拡がるBRACAnalysis -特殊検査から一般検査の時代へ-」をテーマにご講演いただきました。


BRCA1/2遺伝子検査が特殊検査であった時代の話

10年以上前の自験例から話を始めたいと思います。36歳でトリプルネガティブ乳癌(TNBC)の診断となり、温存手術を施行しました。7年後に温存乳房内に新たなTNBCを認め全摘手術を施行しましたが、その2年後に対側の乳房にTNBCを認め全摘手術を施行しました。しかしそれから1年もたたずに多発性のリンパ節転移が認められ、コンパニオン診断目的でBRACAnalysis®を実施しHBOCの診断となるも、肝臓や脳への転移も認められ、BRACAnalysis®実施1年後に鬼籍に入られました。

本症例に対し、当時は保険診療外の検査であったBRCA1/2遺伝学的検査を早期に実施し、適切なマネージメントにつなげていれば、結果は変わっていたかもしれません。しかし、自費診療の障壁は高く、遺伝子検査を受ける患者は多くありませんでした。このような自験例から、遺伝子検査を推奨すべき患者に対する早期フォローの必要性を痛感したため、2009年に駒込病院(当院)のHBOCの診療体制の構築に向けて動き出しました。

活動開始当初まで当院では遺伝診療を積極的には行っておらず、私は独学でHBOC診療を学んでいたため、この取り組みに対して院内での反発もありました。そこで、まずは乳がん認定看護師やがん看護専門看護師などのメンバーに、HBOC診療体制構築の必要性を説明し、協力を仰ぎ、「HBOCチーム」を結成しました。メンバーと各種ガイドラインや必要な申請・資格情報を確認することから始め、関連学会およびセミナーへの参加、また他施設への見学などを積極的に行うことで、情報収集や人脈形成を行いました。このような取り組みから院内におけるBRCA1/2遺伝学的検査のプロトコルを作成し、院内倫理委員会の承認を受け、検査会社との受託契約および院内ワークフローの整備が完了した2011年6月、当院に「遺伝性乳がん・卵巣がんカウンセリング外来」が開設され、BRCA1/2遺伝学的検査が行える環境を整えました(図1)。しかし、開設当時はまだ自費診療ということもあり、需要は多くありませんでした。

図1: 駒込病院におけるBRCA1/2遺伝学的検査提供までの流れ
BRCA1/2遺伝子検査のコンパニオン検査としての広がり

2018年、国際共同第Ⅲ相試験(OlympiAD)の結果を踏まえたPARP阻害薬オラパリブの適応追加に伴い、コンパニオン診断としてのBRCA1/2遺伝学的検査が保険適用となったことで、乳癌遺伝子検査に転機が訪れました。OlympiAD試験では、BRCA1/2遺伝子変異陽性のHER2陰性転移乳癌患者を対象として、PARP阻害薬であるオラパリブの単剤療法と、医師が選択した化学療法の有効性と安全性を比較検討しています。

無増悪生存期間(PFS)は、化学療法群に比べてオラパリブ群で有意に延長し[ハザード比(HR)=0.58、95%信頼区間(CI)0.43~0.80]、PFSの中央値はオラパリブ群7.0ヵ月に対し化学療法群4.2ヵ月と、オラパリブ群で2.8ヵ月延長されました1)。『乳癌診療ガイドライン2022年度版』2)では、「生殖細胞系列BRCA病的バリアントを有する進行・再発乳癌の薬物療法として、PARP阻害薬は推奨されるか?」というクリニカル・クエスチョンに対し、「強く推奨する」と記載されています。また、ESMOガイドラインやNCCNガイドラインでは、HER2陰性の転移再発乳癌の場合はBRCA1/2遺伝学的検査の実施が推奨されています。

しかし、OlympiAD試験の最終的なOSの結果では、オラパリブ群の有意な改善はみられませんでした。この結果から、遠隔転移をさせないことがさらに重要であると考えられます。

続いて実施されたOlympiA試験では、周術期薬物療法を行ったBRCA1/2遺伝子変異陽性HER2陰性の早期乳癌患者を対象として、オラパリブによる術後薬物療法の有効性と安全性を比較検討しています。オラパリブ群はプラセボ群と比較して、無浸潤疾患生存期間(IDFS)の有意な延長を示しました(HR=0.581、95%CI 0.409~0.816)。遠隔再発率が、オラパリブ群では7.8%、プラセボ群では13.1%と、オラパリブ群で4割ほど少ないだけでなく、OSの有意な改善(HR=0.6781、95%CI 0.468~0.973)も示されています3)。この結果から、再発高リスクでHBOCと診断された乳癌患者に対する術後のオラパリブの投与は効果的であることがわかりました。

また、癌治療におけるオラパリブの適応は卵巣癌、膵癌、前立腺癌へと広がり、これに伴いBRCA1/2遺伝学的検査の対象患者も拡大しており、当院におけるコンパニオン検査数も増加しています(図2)。2018年から2023年の7月までにBRACAnalysisを実施した150人(全科)において、陽性率は18.7%でした。そのうち乳癌患者102人(乳腺外科)に絞ると、陽性率は13.8%でした。    

図2: BRCA1/2遺伝学的検査の対象患者・癌腫の拡大
当院のHBOC診療について

2020年4月に卵巣癌患者と一定の条件を満たす乳癌患者に対して、HBOC診断のためのBRCA1/2の遺伝学的検査が保険適用となり、検査に伴う遺伝カウンセリングや、HBOC診断後のRRM・リスク低減卵管卵巣切除術(RRSO)、造影乳房MRIを用いたサーベイランスも保険適用となりました。またHBOC患者に保険適用でのリスク低減手術を行うためには、遺伝医学専門医、乳腺専門医、婦人科腫瘍専門医、認定遺伝カウンセラーなどが参加するHBOCカンファレンスを実施し、乳癌・卵巣癌の治療状況や遺伝カウンセリングの結果を踏まえた治療方針の検討が必要であるため、院内での診療科間の連携体制を整備しておくことは重要と考えています。

また、治療方針の選択に大きな影響を与える整容性を保つために、我々は乳腺専門医として手技の習熟を図るとともに、HBOC診断が保険適用となる以前に乳癌治療を受けた患者に対してもHBOC診断の機会に接することができるよう注力しています。

さらにHBOC診断の保険適用によるカウンセリング数・検査数の著しい増加(図3)に伴い、全ての患者に必要なHBOC診療を提供するためには、ハイボリュームセンターでカウンセリングから遺伝学的検査、HBOCマネージメントといった全てのHBOC診療を担うのではなく、クリニック・中小医療施設においても提供可能なHBOC診療を増やして分担するような地域連携が必要になってきています(図4)。遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)では施設ごとに対応している診療を公表しているため、活用することで地域連携を効率的に行うことができると考えています。

図3: 駒込病院におけるHBOC診療の遺伝カウンセリングと検査数
図4: 診療施設同士の連携

以前は、乳癌を疑う患者が直接当院に来院することが多かったのですが、現在はまず乳腺専門クリニックを受診し、必要があれば当院に紹介してもらい、術後はまた専門クリニックに逆紹介するというフローが充実してきています。

また当院では地域連携の一環として、現在7つのクリニックと連携し、BRCA1/2遺伝学的検査を実施できるクリニックを増やす取り組みを進めています(HBOC病診連携)。具体的には、BRCA1/2遺伝学的検査を行うために必要な要件のうち、クリニックで満たすことが難しい遺伝カウンセリング加算の施設基準については当院との「連携確認書」を発行し、病的バリアント陽性やVUSと診断された際のカウンセリングの提供や実際にBRCA1/2遺伝学的検査を提供する際に必要な知識習得のためにJOHBOCが提供するE-Learningセミナーの受講を依頼しています。

理想の遺伝性乳癌診療

これからのHBOC診療の課題の一つとして、乳癌・卵巣癌以外の関連癌への対策が挙げられます。BRCA1/2の病的バリアントは膵癌や前立腺癌でもみられ、日本人の膵癌患者の約3%がBRCA1/2の病的バリアントを保持していると報告されています4)。これらの対策として『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版』5)では、前立腺癌は血中のPSAマーカーによるサーベイランスの実施が推奨され、膵癌は家族歴がある場合ではMRIや超音波内視鏡を用いたスクリーニングを考慮することが記載されています。またBRCA1/2病的バリアント保持者は、胆管癌、食道癌、胃癌においても発症リスクが上がることが報告されており6)、各消化器癌に関して対策を立てていくことも今後の重要な課題になると考えられます。

また、現状では病的バリアント保持者であっても乳癌・卵巣癌未発症の場合は、リスク低減手術や造影乳房MRIを用いたサーベイランスは保険適用外とされているため、これも解決すべき重要な課題と考えています。

さらに遺伝性腫瘍の臨床を拡大していくためには、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止も重要ですが、2022年4月には日本医学会と日本医師会から、これらの問題を防止するための法的整備を早急に行うよう提言があり、2023年6月には「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」が可決されました。本邦においてゲノム医療を推進していく法的土台ができたと言えます。 私見にはなりますが、Multigene Panel検査を用いた遺伝性乳癌診療も遠くない未来の選択肢として見えてきたと考えられるのではないでしょうか。

質疑応答

Q: BRCA1/2遺伝学的検査の結果がVUSであった場合、ミリアド・ジェネティクス社の再分類プログラムにより、比較的早期にPathogenicまたはBenignに診断が変更されることも多いですが、有賀先生はどのような対応をされていますか?

A: 保険診療上、VUSは病的バリアント陰性と同様の保険診療を進めることとなりますが、その判別を自施設でも検討する必要があります。例えば、スプライスサイト近傍に置換型の変異を認めた場合はPathogenicであることが想定されますが、VUSと報告される場合もあります。このような場合、保険診療外でRNAシークエンスなどを行って判別するか、VUSかどうか判別可能になるまで待つべきかなどを診療科内で討議して方法を考えるようにしています。また、その際の患者への十分な説明とフォローも重要です。

座長からのメッセージ

HBOC診療について包括的なお話をいただきありがとうございました。

有賀先生が駒込病院でHBOC診療のカウンセリング外来を開設するまでの話から、診療を効率的に行うために施設同士の連携が重要であること、そして今後の展望としてマルチジーンパネル検査の導入という新しい可能性を示していただきました。地域の施設と連携して、遺伝医療の体制を作っていくことの重要性がよくわかりました。

有賀先生の熱意が伝わってくる、貴重なご講演をありがとうございました。

【引用文献】
1) Robson M, et al. N Engl J Med. 2017; 377(6): 523-533
2) 乳癌診療ガイドライン1  治療編 2022年版 第5版、金原出版、東京、2022
3) Tutt ANJ, et al. N Engl J Med. 2021; 384(25): 2394-2405
4) EBioMedicine. 2020 Oct;60:103033
5) 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版、金原出版、東京、2021
6) JAMA Oncol. 2022 Apr 14;e220476. doi: 10.1001/jamaoncol.2022.0476

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