第11回日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会総会 
ランチョンセミナー (2023年9月開催)

座長: 小川 朋子 先生
伊勢赤十字病院 乳腺外科
演者: 吉田 敦 先生
聖路加国際病院 乳腺外科 部長

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2020年にリスク低減乳房切除術(RRM)が保険適用となり、遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診断目的としてのBRCA1/2遺伝子検査やRRM実施数は増加しています1)。HBOCへの関心は年々高まっており、RRMは乳癌発症リスクを低減させるための選択肢のひとつとなっています。

一方でRRMには術後の整容性などの課題もあることから、RRMを担当する外科医は術式や手術の方針を決める上で患者の気持ちと向き合うことが重要と言われています。

本講演では、BRCA1/2の遺伝子検査およびHBOC診療の現状や、RRMの術式のひとつである乳頭温存乳房全切除術(NSM)の工夫について、吉田敦先生にお話しいただきました。


当院におけるHBOC診療の実際

HBOCは癌抑制遺伝子であるBRCA1/2の病的変異が原因で生じる疾患です。その特徴として、BRCA1の病的変異がある場合はトリプルネガティブタイプの乳癌が多い、卵巣癌や腹膜癌、膵臓癌の発症頻度が高いことなどが挙げられます1)。また、BRCA遺伝子変異保持者の乳癌生涯集積罹患率は高く、BRCA1で72.5%、BRCA2で58.3%になることが報告されています2)

近年、2020年の予防的乳房切除術・卵巣卵管切除術の保険適用に伴い全国的にHBOC診療のニーズは急拡大しています。聖路加国際病院(以下、当院)でもこの傾向は顕著にみられ、遺伝性乳癌に関するカウンセリング数とBRCA遺伝子検査数は増加傾向にあります(図1)。

図1: 当院の腫瘍関連遺伝カウンセリング数とBRCA遺伝子検査数

この増加に伴い、当院では遺伝や遺伝子検査に関する説明動画を導入した新たなBRCA1/2遺伝子検査のフローを構築しました(図2)。タブレット端末を用いて動画を視聴し、BRCA遺伝子検査の受診について納得した患者には、遺伝カウンセリングは行わずに検査を実施しています。検査結果が陽性、または専門的な質問がある場合には、遺伝診療センターで遺伝専門医や遺伝カウンセラーによるカウンセリングを実施しています。

図2: 当院の新たなBRCA1/2遺伝子検査 フロー

さらに、当院では院内連携にも注力しています(図3)。BRCA1/2の病的変異が認められた場合は、遺伝診療センターが中心となり、乳腺外科や婦人科などの医師と情報共有を行っています。また月に一度、関連する診療科や検査・病理部門、医事課で合同ミーティングを開催し、円滑な連携によるより良い遺伝診療の実現を目指しています。

図3: BRCA1/2の病的変異が判明した場合の当院の院内連携フロー
HBOC症例のRRM選択率 

RRMは乳癌が発症する前に発症元となる乳房を切除する手法で、新たな乳癌の発症リスク低減効果があるため、HBOCと診断された患者にとって重要な選択肢になります。当院のHBOC診断数およびRRM実施数は2020年の保険適用以降、増加傾向にあります(図4)。

図4: HBOC診断数とRRM実施数の推移

当院では、BRCA遺伝子変異保持者188名の内、91名(約50%)がRRMを選択しています。『乳癌診療ガイドライン2022年度版』3)では、未発症者における両側リスク低減乳房切除術(BRRM)、また乳癌既発症者における対側リスク低減乳房切除術(CRRM)はいずれも「弱く推奨する」と記述されています3)。RRMは、既発の乳癌の再発率を下げるものではなく、新たな乳癌の発症率の低下も100%ではありません。さらに、術後のボディイメージの変化や、性的感情への満足度など、患者の希望や心理面を考慮する必要があるため、医療者が実施を推奨すべきものではなく、患者が自らの意思で選択するものであると考えます。医療者は、RRMが適応となる患者に適切な情報提供を行い、意思決定をサポートすることが求められます。

RRMにおいて外科医が考えるべきこと

HBOC患者に対しRRMを行ううえで乳腺外科医が考えるべきことを3つ紹介します。

1つ目は、術後の変形を予想することです。乳房の大きさや下垂の程度、体型などを踏まえ、起こりうる変形を十分にイメージする必要があります。

2つ目は、術後の変化を正確に患者に伝えることです。手術を行えば術前と同じ状態にはならず、乳頭変移の可能性や、乳頭乳輪を含めた感覚の低下が生じます。術後の症例写真を提示し、明確なイメージを伝える必要があります。

3つ目は、患者の気持ちや状況を推察することです。より高い整容性を求めているのか、癌の再発を防ぎたいのか、患者がRRMを選択するうえで重要視している点を汲み取ることが大切です。

また、RRMを施行した結果、潜在癌が発見される可能性もあります。潜在癌は一般的に術前の画像検査では同定されず、手術検体の病理検査で同定される癌のことを指し、潜在癌の発生頻度は0.5~11.3%と報告されています4)。潜在癌は、癌未発症の場合には保険適用の可否に関与します。リスク低減手術を行う際には潜在がんの可能性について、事前にきちんと患者に説明する必要があります。

RRMとしてのNSMのポイント

センチネルリンパ節摘出~局所麻酔注入

NSMではlateral incisionから開始し、大胸筋外縁を露出後、小胸筋外縁を切開します。小胸筋外縁を切開後、腋窩の脂肪組織を創外へ出し、センチネルリンパ節の摘出を行います。この方法により、同一創からのセンチネルリンパ節摘出が可能となります。次に、2%エピネフリン添付キシロカイン10ccと0.75%アナペイン10ccを生食80mLで希釈した計100mLの局所麻酔を皮下に注入します。これにより、術後の疼痛管理に加え、術中の鋭的操作時の止血効果や皮膚熱傷予防につながると考えています。

続いて、乳腺の外縁を同定します。局所麻酔が注入されているため認識は比較的容易です。この際、乳腺外縁を越えて背側に入り込んでしまうと出血や術後疼痛の原因になるため注意が必要です。大胸筋の外縁をガイドとして、大胸筋前面に入り込むように視野を展開します。

視野の悪いNSMの際に、当院では、乳房下縁側の剥離時にはLEDライト付き筋鈎を使用しています。

剥離~切除

まず、乳腺の背側を剥離します。腫瘍の進展が予想される部位では、大胸筋筋膜を切除するように剥離します。人工物再建を行う場合、乳房の下縁側はティッシュ・エキスパンダーの挿入において重要な部位となりますが、大胸筋が薄くなっているため注意が必要です。

次に、乳腺の辺縁を切り上げます。この後に行う皮下の剥離では鋭的操作をおこなうため、多少出血がみられますが、剥離中は止血操作が困難であるため、検体摘出までの時間短縮を目的に乳腺辺縁を切り上げておく手技はNSMにおいて大事なポイントであると考えています。切り上げ完了後、乳腺前面の剥離を行います。乳腺外縁をアリス鉗子でしっかりと把持し、皮下へ切り込まないように乳腺前面を露出します。病変が外側付近にない場合は、整容性向上のため外側の皮下組織を厚くするようにしています。

続いて、乳腺前面の皮下組織を鋭利なメッツェンバーム剪刀で鋭的剥離します。この手技は視野を確保できないため、メッツェンバーム剪刀の先端の抵抗などの感覚や、剪刀による皮膚の盛り上がりを参考に、剪刀を操作する手と反対の手で皮膚の上からカウンターを与えることで剥離可能です。術前、外側胸動脈乳腺枝や内胸動脈穿通枝の存在が予想される場合は慎重に操作する必要があるため最後に残し、それ以外の部位を優先して剥離を進めます。乳頭下の皮下組織の厚さに関しては議論がありますが、整容性を重視する場合は、厚めに残すようにしています。

その後、外側胸動脈の処理を直視下で行います。個人差はあるものの乳房外側上方では乳腺組織が皮下方向に伸びて存在するため、病変の進展がない場合、過剰な切除を行わない方が整容性は向上します。

続いて、乳腺上縁に移ります。直視下で背側から切り上げた部位を確認し、電気メスで剥離します。乳腺上縁は外見上デコルテを形成する部位になるため、病変の進展がないと予想される場合には、皮下組織を過剰に切除しない方が整容性は向上します。乳腺下縁は上縁と同様に先に切り上げた部位をガイドに電気メスで剥離します。乳房再建時、乳腺下縁はティッシュ・エキスパンダーやシリコンの重さを支える部位であり、大胸筋が菲薄化している、または下垂した乳房で大胸筋の切離が必要になる場合はこの部位の皮弁の厚さが重要になります。

最後に、内胸動脈の穿通枝の処理を行います。切離した乳腺を創外に出し、創縁の負担ならないよう視野を展開し、穿通枝の存在に気をつけながら内縁を切離します。直視下で内胸動脈の穿通枝を同定し、結紮、切離し処理します。摘出した検体は迅速検査に提出し、乳頭側断端を迅速診断します。

乳房再建~閉創

大胸筋下のポケット作成を行います。大胸筋の外縁を認識し、あらかじめマーキングしたティッシュ・エキスパンダーの内側縁・下縁を確認しながら、ライト付き筋鈎を用いて前鋸筋や大胸筋を損傷しないよう注意しつつ大胸筋下の剥離を行います。ティッシュ・エキスパンダーは、外側上方へと移動しやすい傾向にあるため、内側下縁にスペースを作成します。

次に、止血・洗浄を行います。当科では、温生食2Lを用いて洗浄後、ガーゼでタンポナーゼを行います。再建手術では、術後の微量な出血であっても感染や皮膜肥厚のリスクとなるため、可能であれば血圧を上昇させて止血の確認を行います。ドレーン挿入後、感染対策としてベゼトンを用いて創周囲を清拭し、手袋・ドレープを交換します。作成したポケットにティッシュ・エキスパンダーを挿入し、生食を注入後、ティッシュ・エキスパンダーの回転防止のため、外側2つのタブをそれぞれ胸壁に固定します。固定後、可能であれば、ティッシュ・エキスパンダーの外側を大胸筋外縁と前鋸筋前面の組織を水平マットレス縫合することで被覆します。被覆が困難な症例もありますが、被覆によりティッシュ・エキスパンダーへの圧力が均等化するため、ティッシュ・エキスパンダーに角ができるトラブルが生じにくくなると考えています。 閉創は、皮下は3-0バイクリル、真皮は5-0または4-0のPDSで埋没結節縫合します。シリコンの入れ替えで再開創を行いますが、極力創部が目立たないよう、6-0のナイロンで連続縫合しています。

HBOC診療における今後の展望

HBOC診療のさらなる発展のためには、まだ課題があると考えています。例えば、癌未発症のHBOC患者への対応です。癌未発症の場合、RRMは保険適用外となるため、患者の経済的な負担が課題として挙げられます。また、癌未発症者へのサーベイランスやRRMに関する有効性は示されており、『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版』で推奨されていますが、適切な実施タイミングについては明確に示されていません。そのため、癌発症前の遺伝子の変異から癌の発症タイミングが予測できるような、より個別化した遺伝的アプローチに関する研究が進められています。

そんな中、より満足度の高いRRMを目指した研究も進められています。乳房感覚の温存を目的とした神経温存手術や神経再建手術、術後の整容性を向上させるためのda Vinci サージカルシステムを用いたrobot surgeryが行われるようになってきています。

HBOC患者が診療内容や手術に関する複雑な情報を理解し、最適な意思決定を行うサポートのために、医療関係者は前述のような新たな治療選択肢を含めた情報のインプットや、遺伝カウンセリングに多大な時間を費やしているのが現状です。そんな両者の目線に立ち、より有効な情報提供の方法を開発することも今後必要だと考えています。

座長からのメッセージ

乳癌発症リスクを低減させるためのひとつの選択肢となっているRRMにおける工夫だけでなく、聖路加国際病院ならではの、検査への取り組みも詳しくご紹介いただきました。今後の診療に役立てていきたいと思います。

吉田先生、ありがとうございました。

【出典】
1)     日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(編):遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版、金原出版、東京、2021
2)     Momozawa Y, et al. JAMA Oncol. 2022 Jun 1;8(6):871-878.
3)     日本乳癌学会(編):乳癌診療ガイドライン1 治療編 2022年版 第5版、金原出版、東京、2022
4)      Yamauchi H, et al. Breast Cancer Res Treat. 2018 Dec;172(3):679-687.

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