第21回日本臨床腫瘍学会学術集会 
イブニングセミナー (2024年2月開催)

座長: 小林 裕明 先生
鹿児島大学医学部 産科婦人科学教室 教授
演者: 矢内原 臨 先生
東京慈恵会医科大学 産婦人科学講座 准教授

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近年、卵巣癌患者を対象とした分子標的治療薬を用いた臨床試験が活発に行われており、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬、抗体薬物複合体など様々な薬剤の併用療法が治療選択肢に含まれ、卵巣癌の治療法が多様化しています。

本講演では卵巣癌治療におけるエキスパートのお一人である矢内原先生に、卵巣癌治療の最新トピックとしてdose dense TC(ddTC)療法や卵巣癌における大規模臨床試験について、婦人科悪性腫瘍研究機構(JGOG)関連施設を対象にした進行卵巣癌治療に関するアンケート調査結果などを交えてご解説いただきました。


進行卵巣癌治療に関するアンケート調査

卵巣癌の治療法が多様化するなか、国内の施設ではどのような治療が選択されているのでしょうか。進行卵巣癌治療の実態を調べるために、JGOG関連施設(175施設)を対象に進行卵巣癌治療に関するアンケート調査を行いました。アンケートの回答が得られた108施設における検査実施状況および治療方針についてご紹介します。

卵巣癌治療時には、ゲノム不安定性の状態(GIS)の評価と腫瘍組織におけるBRCA1/2病的バリアントの検出により、相同組換え修復欠損(HRD)を評価する「MyChoice®︎診断システム」が主に実施されています。回答結果によると、HRD検査は108施設すべてで行われており、そのうち進行卵巣癌患者全例に対しHRD検査を実施していた施設は約75%でした。続いて、進行卵巣癌の治療方針に関して、HRD陽性症例では、ベバシズマブとオラパリブの併用維持療法であるPAOLAレジメンが96%の施設で実施されていました。HRD陰性症例に対しては、PARP阻害薬を用いた維持療法が86%の施設で用いられていました。ddTC療法については、HRD陽性症例、HRD陰性症例ともに約15%の施設で実施されており、ddTC療法を用いている施設は比較的少ないことがわかりました。

卵巣癌治療におけるdd TC療法について

『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2020年版』1)では、卵巣癌に対する初回化学療法において、パクリタキセルとカルボプラチンを組み合わせたTC療法の推奨に加えて、パクリタキセルを毎週投与するddTC療法が提案されています。また、進行卵巣癌に対する治療として、ベバシズマブの併用および維持療法が推奨されています。ddTC療法は近年再注目されており、Ⅱ~Ⅳ期の卵巣癌患者を対象にddTC療法とTC療法の有用性を比較したJGOG3016試験では、ddTC療法の有用性が報告されています2)。JGOG3016試験の追試として行われ、ベバシズマブの併用が可能であったGOG262試験においても、ベバシズマブ非併用群を対象としたサブグループ解析においてddTC療法の有用性が示されています3)。また、進行卵巣癌患者を対象とし、TC+ベバシズマブ療法群とddTC+ベバシズマブ療法群を比較したICON8B試験では、TC+ベバシズマブ療法群に比べてddTC+ベバシズマブ療法群で予後の改善傾向が認められています4)

TC/ddTC療法およびベバシズマブ併用療法における予後の比較

大規模臨床試験でddTC療法の有用性が示唆されている一方、本邦でのddTC療法の実績は少ない傾向があります。そこで、ddTC療法の有用性を検証するため、東京慈恵会医科大学関連4施設における過去10年間の卵巣癌患者を対象に、ddTC療法を含めた治療法と患者の予後との関連について後方視的検討を行いました。卵巣癌患者1,333例を対象に検討を行ったところ、組織型分布では高異型度漿液性癌(HGSC)が38.3%、明細胞癌が25.4%でした。卵巣癌の初回治療方針については、卵巣癌患者の約65%でddTC療法が、約27%でTC療法が検討されていました。全例からJGOG3016試験およびGOG262試験の解析対象群に含まれる576例を抽出し、ddTC療法群とTC療法群で2年の無増悪生存期間(PFS)および5年の全生存期間(OS)を比較したところ、TC療法群に比べddTC療法群で有意なPFSおよびOSの延長が認められました(図1)。次に、進行卵巣癌患者を対象に初回化学療法におけるベバシズマブの有用性を検証したGOG218試験の解析対象群に含まれる454例を抽出し、TC療法群とTC+ベバシズマブ療法群で2年のPFSおよび5年のOSを比較したところ、TC+ベバシズマブ療法群で有意なPFS延長がみられたのに対して、OSについては統計学的な有意差は認められませんでした(図2)。以上の結果から、ddTC療法およびTC+ベバシズマブ療法のいずれにおいても、過去の臨床試験と同様の結果であることが確認されました。続いて、Ⅲ~Ⅳ期の進行卵巣癌患者451例を対象に、TC+ベバシズマブ療法群を対照群とし、ddTC療法群、ddTC+ベバシズマブ療法群で2年のPFSおよび5年のOSを比較したところ、ddTC療法群およびddTC+ベバシズマブ療法群において、有意なPFSおよびOSの延長は認められませんでした(図3)。ddTC+ベバシズマブ療法群では、TC+ベバシズマブ療法群およびddTC療法群と比べて、OSの中央値が高値を示す傾向がみられました(図3)。

図1: TC療法とddTC療法の予後解析結果
図2: ベバシズマブ投与の有無で比較した予後解析結果
図3: TCベバシズマブ療法、ddTC療法、ddTCベバシズマブ療法の予後解析結果
ddTC療法、ddTC+ベバシズマブ療法のメカニズム

ddTC療法やddTC+ベバシズマブ療法の有用性が示唆されていますが、両療法のメカニズムについては明らかになっていません。そこで、HRD陰性(HRP)症例でddTC療法の有用性が示されたVELIA試験5)*のサブグループ解析データを参考に、パクリタキセルが相同組換え修復(HR)を介して、PARP阻害薬の感受性を高めるのではないかと仮定し、HR活性の定量的な測定法であるAssay for Site-Specific HR Activity(ASHRA)法**を用いて検討を行いました。なお、ASHRA法によるHR活性とPARP阻害薬の感受性には相関関係があることが知られています6)

HRPであることを確認した卵巣癌細胞株OVISEにパクリタキセルを単回あるいは3回投与し、ASHRA法で評価したところ、パクリタキセルの投与によりHRが抑制されていることが示されました7)。また、HR活性の評価に用いられるFocal形成能測定法による評価では、パクリタキセルを単回あるいは3回投与したOVISE細胞において、HRが抑制されていることを確認しました7)。いずれの検討においても、パクリタキセルを3回投与(dose dense投与)した細胞でHR活性抑制効果がより顕著であることが示されました7)。続いて、パクリタキセルがHR活性に影響するメカニズムについて検討しました。パクリタキセル投与により発現変動をきたす遺伝子をRNA sequencing法により解析したところ、サイクリンと結合し細胞周期を制御する分子であるCDK1の発現が有意に低下することが明らかになりました7)。CDK1はBRCA1のリン酸化を介してHR活性を亢進し、また、CDK1阻害薬がPARP阻害薬の感受性を高めることが知られており、本検討でもOVISE細胞のCDK1発現の抑制、あるいは、CDK1活性阻害薬であるRO-3306添加時にHR活性の低下が認められました7)。次に、パクリタキセル投与を含む術前化学療法(NAC)を実施した卵巣癌症例を対象に、NAC前後におけるCDK1発現を免疫組織染色により評価したところ、NAC前に比べNAC後の腫瘍検体においてCDK1発現量が低下していることが確認され、さらに、パクリタキセルの単回投与に比べてdose dense投与症例において、よりCDK1発現量が低下していることが確認されました7)

これらの結果から、パクリタキセルはCDK1の発現抑制を介してBRCA1によるHR活性を抑制することにより、PARP阻害薬の効果を高める可能性があり(図4)、この効果はパクリタキセルのdose dense投与においてより顕著であることが示唆されました。したがって、ddTC+ベバシズマブ療法のほか、ddTC+PARP阻害薬療法による治療も新たな治療戦略となりうると考えられます。

* 進行卵巣癌の初回治療において、プラチナ製剤ベースの化学療法にべリパリブの併用維持療法を行うことの有効性を検討した試験。
** ゲノム内の特異的部位において人為的にDNA二本鎖切断を作成し、マーカー配列を含むドナーベクターが相同組換えにより融合遺伝子を形成することを利用して、マーカー配列を挟むように設定されたプライマーセットを用いた定量的PCR法によりHR活性を評価する。
図4: パクリタキセル投与によるHR抑制メカニズム
新たな予後予測マーカー KELIMTMの有用性について

近年、新たな予後予測マーカーとして、進行卵巣癌患者の血清CA125値を使用したCA-125 elimination rate constant k(KELIMTM)値が注目されています。Gynecologic cancer  intergroup(GCIG)の患者データを用いたメタ解析の結果、KELIMTMスコアが1未満の場合、KELIMTMスコアが1以上と比較して有意に予後不良であることが示されています8)。また、KELIMTMスコアに残存腫瘍の有無の情報を加えることで、精度の高い予後予測因子となることが明らかになっています8)。当施設においても、KELIMTMの有用性に関する後方視的検討を行っています。当施設の症例データのうちHGSCを対象にPrimary debulking surgery(PDS)群とInterval debulking surgery(IDS)群でPFSとOSを比較したところ、KELIMTMスコア 1をカットオフ値とした場合、IDS群で有意なPFSおよびOSの延長が確認されました(図5)。PDS群においても、KELIMTMスコア 1をカットオフ値とした場合、有意差はないもののPFSおよびOSの延長傾向が認められ、KELIMTMスコアは有用な予後予測マーカーであることが示されました(図5)。また、NAC時に算出されたKELIMTMスコアにより、IDSにおける手術完遂率を予測できるか検討したところ、KELIMTMスコアが 1未満の場合、完全切除できる症例は半分強となり、手術完遂率の予測において有用となる可能性が示唆されました。

図5: KELIMTMスコアによる予後解析結果
卵巣癌における大規模臨床試験の現状と本邦における問題点

近年報告された卵巣癌患者を対象とした大規模臨床試験の多くは、血管新生阻害薬とPARP阻害薬の単剤療法における有用性を検討した臨床試験です。PARP阻害薬の単剤療法に関する臨床試験では、特にプラチナ製剤感受性卵巣癌の再発に対する治療薬として、PARP阻害薬の有効性を検証した臨床試験の結果が相次いで報告されています。現在進行中の大規模臨床試験では、分子標的治療薬を組み合わせた臨床試験が多い傾向にあります。多くの臨床試験結果が報告されているなか、本邦は国際共同臨床試験の参加率が低いと感じています。国際共同臨床試験に参加しない場合、新規治療法の早期保険化ができないという問題が生じます。より早く、より良い治療を患者に届けるために、国際共同臨床試験に積極的に参加することが大事ではないかと考えています。

座長からのメッセージ

近年、卵巣癌患者を対象とした大規模臨床試験が活発に行われており、臨床データが蓄積されるとともに、卵巣癌の治療法は今後ますます多様化すると考えられます。卵巣癌の治療選択肢が増えるなか、治療法を検討する際には、患者を層別化・個別化したうえで併用療法を検討する時代が来ると感じています。

矢内原先生、卵巣癌の最新のトピックスを交えた、非常に参考になるご講演をありがとうございました。

【出典】
1) 日本婦人科腫瘍学会(編):卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2020年版、金原出版、東京、2020
2) Katsumata N, et al. The Lancet 2009; 374(9698): 1331-1338.
3) Chan JK, et al. N Engl J Med 2016; 374(8): 738-748
4) ESGO2023 #159
5) Coleman RL, et al. N Engl J Med 2019; 381(25): 2403-2415.
6) Endo S, et al. CRC 2021; 1(2): 90-105.
7) Yanaihara N, et al. Gynecol Oncol 2023; 168: 83-91.
8) Corbaux P, et al. EJC 2023; 191: 112966

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